憨山徳清(読み)かんざんとくせい(その他表記)Gǎn shàn dé qīng

改訂新版 世界大百科事典 「憨山徳清」の意味・わかりやすい解説

憨山徳清 (かんざんとくせい)
Gǎn shàn dé qīng
生没年:1546-1622

中国,明末の華厳僧。字は澄印,憨山は号。安徽省全椒の人。つとに禅門に入り,後には教禅一致論の代表的存在となる。同時代の傑僧紫柏真可との交情は厚い。50歳の時,慧能(えのう)ゆかりの曹渓に流謫(るたく)され,その旧跡を復興し,社会活動に奔走し士大夫に畏敬された。廬山にも住まったがまた曹渓に帰り示寂した。著述は内典のほかに外典の《大学》《中庸》などにも及んでいる。遺文集《夢遊集》がある。
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