紫柏真可(読み)しはくしんか(その他表記)Zǐ bǎi zhēn kě

改訂新版 世界大百科事典 「紫柏真可」の意味・わかりやすい解説

紫柏真可 (しはくしんか)
Zǐ bǎi zhēn kě
生没年:1543-1603

中国,明代の傑僧雲棲袾宏,憨山徳清,藕益知旭と並ぶ〈万暦の四大師〉の一人。字は達観,紫柏は号。紫柏尊者とも称された。俗姓は沈,江蘇省呉江の人。その性格は勇猛不覊で,遊俠の行を慕ったこともあるが,20歳のとき具戒を受ける。説くところは禅と浄土教を習合させた禅浄一致であるが,明末思想界を席巻した王陽明抜本塞源の風をうけ,社会的関心が強かった。臨済,大慧の再来と称されるほど人望があり,朝廷寵遇も受けたが,憨山徳清の流刑,鉱税の害等の時弊に対する糾弾は官僚の側目するところとなり,神宗の皇太子冊立に関する妖書事件に連座,処刑される。李贄りし)とともに魔僧と論難された。《嘉興蔵》刊行への尽力は大きい。
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