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戸崎淡園 とさき たんえん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

戸崎淡園 とさき-たんえん

1724-1806 江戸時代中期-後期の儒者。
享保(きょうほう)9年生まれ。平野金華の門で荻生徂徠(おぎゅう-そらい)の古文辞学をまなぶ。陸奥(むつ)守山藩(福島県)の藩校養老館教授となり,のち家老をつとめた。文化3年11月14日死去。83歳。常陸(ひたち)(茨城県)出身。名は哲,允明。字(あざな)は子明,哲夫。通称は五郎太夫。別号に浄巌。著作に「周易約説」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

戸崎淡園

没年:文化3.11.14(1806.12.23)
生年:享保9(1724)
江戸時代中期の漢学者。常陸(茨城県)松川の人。名は哲,允明,字は子明,哲夫,通称は五郎太夫。淡園と号す。家は水戸藩の支藩守山藩に仕えていた。徂徠学を学び,終生その学風を遵守した。18歳で守山藩御徒組に列し,明和年中(1764~72)に儒臣となって藩校養老館で講説を行い,子弟の教育に励んだ。また経済政策にもその力を発揮して,藩主一家の信頼は特に篤く,寛政10(1798)年には家老職にまで昇り,享和1(1801)年に老を以て致仕するまで,4代に仕えた。致仕後は浄巌と称し,著述に専念。経学の注釈書を中心に編著の数は極めて多い。

(高橋昌彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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