手呂村(読み)てろむら

日本歴史地名大系 「手呂村」の解説

手呂村
てろむら

[現在地名]豊田市手呂町

勘八かんぱち山の南にあり、百々どうどから一キロほど北東に位置する。文久二年(一八六二)村絵図によると、村の北側は御林山で、集落は北東部にかたまっている。本田畑大部分で、新田畑は北部にわずかにみえる。地蔵堂・山神社・八幡宮もある。村域には弥生後期前半の手呂銅鐸が出土

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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