手彦子村(読み)てびこしむら

日本歴史地名大系 「手彦子村」の解説

手彦子村
てびこしむら

[現在地名]芳賀町芳志戸ほうしど

芳志戸村の北に位置し、村内を五行ごぎよう川が南流する。北東八ッ木やつぎ村、西は上高根沢かみたかねざわ(現塩谷郡高根沢町)。鎮守熊野神社にあった嘉慶二年(一三八八)八月一八日銘の鰐口(大島三郎蔵)に「下州宇都宮東真壁芳志土手樋越」とあり、裏に施主妙円尼とみえる。鰐口は県指定文化財。慶安郷帳には記載されないが、寛永一八年(一六四一)那須藩による検地があった(安永四年「村明細帳」大島三郎文書)。明暦元年(一六五五)の年貢割付状(同文書)が残る。天和元年(一六八一)から貞享四年(一六八七)まで烏山藩領。元禄郷帳では高二二二石余で宇都宮藩と旗本安藤の相給。享保三年(一七一八)常陸笠間藩領となり、宝暦六年(一七五六)幕府領(「延米俵入先格踏襲願書」大島三郎文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む