手眼寺跡(読み)しゆがんじあと

日本歴史地名大系 「手眼寺跡」の解説

手眼寺跡
しゆがんじあと

[現在地名]広川町西広

西広にしひろの東部山麓寺谷てらだににあったが、現存しない。江戸時代には浄土宗西山派中野なかの(現広川町)法蔵ほうぞう寺末。独開山と号し、本尊千手観音。もとは真言宗であったが、明秀法蔵寺を創建後、末寺になったと伝える。現在は本堂はなく、方四間の観音堂と庫裏が残る。本尊千手観音立像は後世補修が目立つが、一〇世紀頃の作と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 世話人 法蔵 大和

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む