手羅島村(読み)てらしまむら

日本歴史地名大系 「手羅島村」の解説

手羅島村
てらしまむら

[現在地名]宇久町寺島郷(てらしまごう)

宇久島の南西に位置する寺島を村域とする。島の名称は照島・寺島ともみえ、宇久の東光(とうこう)寺領一一三石余の大半が島内にあったことに由来する名という。江戸時代は福江藩領で宇久島掛に属し、宇久島中(宇久島村)のうち。慶長国絵図に「寺島」とみえ、高二八石余。寛永五年(一六二八)キリシタン禁制の高札が当地に立てられた。寛文四年(一六六四)の福江領高辻帳に手羅島村とあり、高一六三石余。延宝三年(一六七五)に高四石余の新開改があり(天保五年福江領高辻郷村帳)、元禄一三年(一七〇〇)の宇久島高辻目録では寺島村として高一五二石余のうち蔵入八〇石余(うち本畠五七石余)・小頭屋敷恩地一石余・寺料仏供七〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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