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打它光軌 うつだ みつのり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

打它光軌 うつだ-みつのり

うちだ-みつのり

打它光軌 うちだ-みつのり

1674-1731 江戸時代前期-中期の歌人。
延宝2年生まれ。中院通茂(なかのいん-みちしげ)・通久(みちひさ)にまなぶ。元禄(げんろく)16年陸奥(むつ)中村藩(福島県)に和歌師範としてまねかれた。享保(きょうほう)16年8月22日死去。58歳。京都出身。通称は十右衛門。号は雲泉,藻虫庵。姓は「うだ」「うつだ」ともよむ。家集に「藻虫集」。

打它光軌 うだ-みつのり

うちだ-みつのり

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

打它光軌

没年:享保16.8.22(1731.9.22)
生年:延宝2(1674)
江戸中期の歌人。姓は「うった」とも。陸奥国中村藩(福島県相馬市)和歌師範。幼名鶴千代。通称十右衛門。号は藻虫庵,雲泉。歌人打它公軌の孫である景軌の子として京都に生まれた。和歌を中院通茂・通久に学ぶ。雲泉の名は通茂に賜ったもの。北村季吟父子ら当代一流の歌人と親しかった。同じ中院通茂門の高弟で中村藩主相馬昌胤の縁で藩に招かれ,元禄16(1703)年11月,和歌師範となって下り,禄100石20人扶持を与えられ,以後30年和歌の普及に努めた。家集『藻虫集』は現存せず,光軌の歌は多くは伝わっていない。<参考文献>小高敏郎「打它公軌とその子孫」(『近世初期文壇の研究』)

(飯倉洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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