日本歴史地名大系 「払沢新田村」の解説 払沢新田村はらいざわしんでんむら 長野県:諏訪郡原村払沢新田村[現在地名]原村払沢現原村のほぼ中央に位置する。大早(おおはや)川が西流し、大門(だいもん)道(善光寺道)が通っている。当新田村は中新田(なかしんでん)村と同様に、原山(はらやま)地籍に開発されたもので、その初めには柳崎(矢来向・払沢)新田ともよばれ、「諏訪史蹟要項」原村篇によれば草創は慶長一九年(一六一四)、見立役人は高島藩三の丸家老千野兵庫、草分人は重右エ門、伊兵衛、屋敷免一六石とあり、元和二年(一六一六)の検地高三〇七・九六石とみえている。当初は現字古屋敷(ふるやしき)地籍にあったが地味が痩せていたため寛永八年―正保元年(一六三一―四四)の間に現在地へ移住したと伝えられている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by