拾三軒屋村(読み)じゆうさんげんやむら

日本歴史地名大系 「拾三軒屋村」の解説

拾三軒屋村
じゆうさんげんやむら

[現在地名]神辺町十三軒屋(じゆうさんげんや)

徳田(とくだ)村の西、拾九軒屋(じゆうくけんや)村の北、加茂(かも)川の下流東側に位置し、西は深津(ふかつ)郡下岩成(しもいわなり)村(現福山市)。「備後郡村誌」に「山無シ田畑壱升村ニ御座候、但旱損所」とある。高橋氏蔵文書に「十三軒屋村 書上書ニ道上村ノ未申ノ新村」とあり、福島正則によって慶長一七年(一六一二)新涯村として成立したと記す。同文書によると、移住した農民には、家と土地一町が支給され、当年の年貢と五年間の賦役が免除された。元禄一三年(一七〇〇)の十三軒屋村御検地水帳(広島大学蔵)によると反別一五町八反余・高一六九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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