提興屋村(読み)ひさげこうやむら

日本歴史地名大系 「提興屋村」の解説

提興屋村
ひさげこうやむら

[現在地名]余目町提興屋

槙島まぎしま村の南にあり、東を最上川が北流する。東は飽海あくみ郡丸岡領田尻たじり村。提興野ともある。慶安二年(一六四九)の遠田肥前覚書(大泉紀年)に天正(一五七三―九二)末期のこととして、川村彦左衛門が川北を知行していた頃、田尻村(のち松山藩領竹田村、現飽海郡松山町)より九郎左衛門・佐京大夫・鍛冶の三軒が田尻向いの提興屋へ走り入ったとある。寛永元年庄内高辻帳に村名がみえ高三五六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む