摩文仁丘(読み)まぶにがおか

日本大百科全書(ニッポニカ) 「摩文仁丘」の意味・わかりやすい解説

摩文仁丘
まぶにがおか

沖縄本島南部、糸満市(いとまんし)の琉球(りゅうきゅう)石灰岩からなる石灰岩堤の丘。断層によって形成されたもので、海岸側に断崖(だんがい)をなす。第二次世界大戦における沖縄戦最後の日本陸軍司令部がこの丘の洞穴壕(ごう)に置かれ、1945年(昭和20)6月23日この地で牛島司令官の自害によって沖縄戦は終焉(しゅうえん)した。そのため黎明(れいめい)の塔、健児の塔など各県の慰霊塔が並び平和祈念公園となり、この一帯沖縄戦跡国定公園に指定されている。

[目崎茂和]

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