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沖縄戦跡国定公園 おきなわせんせきこくていこうえん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

沖縄戦跡国定公園
おきなわせんせきこくていこうえん

沖縄県沖縄島南端,第2次世界大戦の戦跡を中心とし,海岸自然景観を含む公園。面積 31.27km2。1972年指定。旧沖縄県立第一高等女学校と旧沖縄師範学校女子部の生徒と教師の多数が壕の中で死んだ場所を記念して建立されたひめゆりの塔(→ひめゆり部隊)や健児の塔島守,魂魄(こんぱく)の塔などのほか,各都道府県ごとに戦没者の霊をまつる塔が立ち並んでいる。喜屋武岬から摩文仁にいたる海岸には隆起サンゴ礁の海岸景観がみられ,イソマツテンノウメクサトベラなどの群落がある。

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デジタル大辞泉の解説

おきなわせんせき‐こくていこうえん〔おきなはセンセキコクテイコウヱン〕【沖縄戦跡国定公園】

沖縄本島南部、第二次大戦の沖縄戦終焉(しゅうえん)地一帯と約15キロメートルの海岸線を中心とする国定公園ひめゆりの塔・平和之塔・平和祈念公園ほか、数多くの戦跡がある。

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百科事典マイペディアの解説

沖縄戦跡国定公園【おきなわせんせきこくていこうえん】

沖縄県,沖縄島南端にある国定公園。1972年指定。糸満市摩文仁(まぶに)を中心に,東風平(こちんだ)町と具志頭村の一部(2町村とも現・八重瀬町)およびその地先海域で,陸域は31.27km2
→関連項目糸満[市]

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大辞林 第三版の解説

おきなわせんせきこくていこうえん【沖縄戦跡国定公園】

沖縄本島の南端、太平洋戦争の戦跡を中心に海岸の自然景観を含む国定公園。珊瑚さんご礁やカルスト地形に優れる。ひめゆりの塔をはじめ、多くの慰霊塔がある。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔沖縄県〕沖縄戦跡国定公園(おきなわせんせきこくていこうえん)


沖縄県、沖縄島南端にある国定公園。喜屋武(きゃん)岬や摩文仁(まぶに)の丘一帯からなり、第二次大戦の戦跡を中心に海岸部を含む。面積3127ha。1972年(昭和47)の本土復帰時に指定。喜屋武岬から摩文仁に至る海岸は隆起石灰岩の海食台が続き、鍾乳洞(しょうにゅうどう)などのカルスト地形が発達。公園内は沖縄戦最後・最大の激戦地。犠牲者を慰霊し、戦争の悲惨さ、平和の尊さをテーマとした異色の国定公園。糸満(いとまん)市の南部一帯には白梅之(しらうめの)塔・ひめゆりの塔など70を超える戦没者慰霊塔がある。摩文仁の丘にはそのうち黎明之(れいめいの)塔・健児之(けんじの)塔など40の碑や平和祈念資料館などがあり、観光名所にもなっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

沖縄戦跡国定公園
おきなわせんせきこくていこうえん

沖縄県沖縄本島の南端、糸満(いとまん)市、八重瀬(やえせ)町にまたがる、第二次世界大戦の戦跡を中心に海岸の自然景観を含めた国定公園。1965年(昭和40)琉球(りゅうきゅう)政府立公園として指定されたが、72年本土復帰と同時に国定公園になった。陸域面積31.27平方キロメートル、海域面積19.33平方キロメートル。この公園内にある戦跡は、沖縄戦最大の激戦および終焉(しゅうえん)の地である。1945年5月のアメリカ軍の猛攻撃によって首里(しゅり)にあった日本軍司令部はこの一帯へと撤退を余儀なくされ、6月司令官牛島満(みつる)中将が摩文仁(まぶに)軍司令部壕(ごう)で自決するまで、激烈な戦闘が繰り広げられた。これを含め沖縄戦では、多くの日本人戦死者があり、とくにその約50%は一般人であった。激戦の跡として摩文仁丘の平和祈念公園には住民の戦争体験を中心に展示した平和祈念資料館(1975年開館)、黎明之塔(れいめいのとう)、健児之塔をはじめ各県の慰霊塔が並ぶ。1995年(平成7)には、沖縄戦で戦死した全犠牲者の氏名が刻まれた記念碑「平和の礎(いしじ)」の除幕式が行われた。平和祈念公園の近隣には、沖縄県立第一高等女学校生部隊の悲劇として名高い「ひめゆりの塔」をはじめ、各所に多くの慰霊塔が建立されている。海岸部は、裾礁(きょしょう)からなるサンゴ礁や、琉球石灰岩からなる断崖(だんがい)や石灰岩堤、鍾乳洞(しょうにゅうどう)などのカルスト地形の発達がみごとである。また、カルスト地域特有の自然植生も認められ、美しい景観を呈し、一年中観光客が絶えることがない。[目崎茂和]

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世界大百科事典内の沖縄戦跡国定公園の言及

【糸満[市]】より

…海神祭のハーリーと大綱引は有名。第2次世界大戦最後の激戦地で,黎明の塔,ひめゆりの塔,健児の塔など各種の慰霊塔が立ち,沖縄戦跡国定公園となっている。【田里 友哲】。…

【沖縄[県]】より

…これに比べて歴史都市の首里は首里城跡(史)付近に県立芸術大学,守礼門(県史跡),園比屋武御嶽(そのひやんうたき)石門(重要文化財),玉陵(たまうどん)(史)などの集まる閑静な文教住宅地に変わった。南部の糸満市は漁業の町として知られ,沖縄戦最後の激戦地となった摩文仁(まぶに)岳一帯は沖縄戦跡国定公園となっている。(3)先島 平良(ひらら)市,石垣市,宮古郡,八重山郡の範囲である。…

※「沖縄戦跡国定公園」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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