敏満寺遺跡(読み)びんまんじいせき

日本歴史地名大系 「敏満寺遺跡」の解説

敏満寺遺跡
びんまんじいせき

[現在地名]多賀町敏満寺 背戸山・寺屋敷など

青竜せいりゆう山山麓とその北側に張出した標高約一四〇―一五〇メートルの舌状台地に立地する。平安時代末期―室町時代の寺院跡。敏満寺の寺域は現在の大字敏満寺とほぼ一致する。昭和六一年(一九八六)遺跡の一部について発掘調査され、建物跡・井戸・溝・火葬墓らしきものなどが発見された。また土師器の皿・摺鉢・甕、中国製とみられる染付、土製の鈴、刀・釘、石製品などが出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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