文堂古墳(読み)ぶんどうこふん

日本歴史地名大系 「文堂古墳」の解説

文堂古墳
ぶんどうこふん

[現在地名]村岡町寺河内 文堂

湯舟ゆぶね川の東岸山地に位置し、標高は二七三・五メートル。昭和四三年(一九六八)調査され、過去に数回の盗掘を受けていたが、豪華な金銅装大刀の発見などによって注目された。墳丘は著しく変形しているが、一部に円墳の跡をとどめる。主体は全長一〇・二メートルの両袖式の横穴式石室で、玄室は長さ四・七メートル、幅は奥で一・七メートル、高さは一・八メートル。全体に巨石を用い、奥壁は一個、玄室の両側壁は石の表面を鑿で整形し、玄室の床には石を敷く。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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