文太長者屋敷跡(読み)ぶんたちようじややしきあと

日本歴史地名大系 「文太長者屋敷跡」の解説

文太長者屋敷跡
ぶんたちようじややしきあと

[現在地名]大野村角折

鹿島灘を一望に見渡す台地上に位置し、屋敷跡は南を除いて三方土手に囲まれている。角折つのおれに残る文太長者伝説によれば、文太は鹿島神宮大宮司の下僕であったが、大宮司家から暇を出されて角折の浜で塩焼をして長者となった。文太には子がなかったので鹿島神宮に願をかけ、二人の女子を授かった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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