斎藤真一(読み)サイトウ シンイチ

20世紀日本人名事典 「斎藤真一」の解説

斎藤 真一
サイトウ シンイチ

昭和・平成期の洋画家



生年
大正11(1922)年7月6日

没年
平成6(1994)年9月18日

出生地
岡山県児島郡味野町

学歴〔年〕
東京美術学校師範科(現・東京芸術大学)〔昭和23年〕卒

主な受賞名〔年〕
日本エッセイストクラブ賞(第21回)〔昭和48年〕「瞽女」,東京ADC賞〔昭和50年〕「越後瞽女日記」

経歴
昭和29年静岡県・伊東の高校教師となる。34年フランスに留学藤田嗣治親交を得る。帰国後、越後瞽女の研究を始め、約20年描き続けるようになった。48年退職、翌年東京に移って明治時代の吉原の研究を行ない、制作を続ける。画文集に「瞽女―盲目の旅芸人」「上河原の湯」「明治吉原細見記」「絵草紙吉原炎上」「ぶっちんごまの女」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤真一」の解説

斎藤真一 さいとう-しんいち

1922-1994 昭和後期-平成時代の洋画家。
大正11年7月6日生まれ。昭和28年静岡県立伊東高の教師となる。34年渡仏し,藤田嗣治(つぐはる)らと交遊。37年越後瞽女(ごぜ)を主題にえがきはじめ,46年安井賞展で佳作賞。48年「瞽女―盲目の旅芸人」で日本エッセイスト・クラブ賞。平成6年9月18日死去。72歳。岡山県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。画文集に「明治吉原細見記」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「斎藤真一」の解説

斎藤 真一 (さいとう しんいち)

生年月日:1922年7月6日
昭和時代;平成時代の洋画家
1994年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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