斗有村(読み)とありむら

日本歴史地名大系 「斗有村」の解説

斗有村
とありむら

[現在地名]山陽町斗有

上仁保かみにぼ村の北にある東殿坊山北麓に集落があり、倉敷往来筋の西窪田にしくぼた(現赤坂町)から金川かながわ(現御津郡御津町)に通じる道中にあたる。慶長六年(一六〇一)の出入訴状(赤坂町誌)に「鳥取庄山口村之内斗有村」とあり、山口やまぐち由津里ゆづり(現赤坂町)・斗有村は総じて山口村と称されたという。同一〇年備前国高物成帳(備陽記)葛木かつらぎ庄に斗有村とみえる。「吉備温故秘録」は鳥取ととり庄の村とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む