断上第九号墳・第一〇号墳(読み)だんじようだいくごうふん・だいじゆうごうふん

日本歴史地名大系 の解説

断上第九号墳・第一〇号墳
だんじようだいくごうふん・だいじゆうごうふん

[現在地名]新城市竹広 宮川

標高約一〇〇メートルの断上山とよばれる丘陵上には、断上古墳群と総称される一〇基の古墳がある。それらのうち、丘陵最先端を占地し、豊川右岸に注ぐ支流の形成した沖積地に臨む第九号墳は径およそ一二メートル、高さ三メートルの截頭円錐形をよく残す円墳で、第一〇号墳の陪冢ともいわれる。拳大の円礫を用いた葺石がある。第一〇号墳はこの西約八〇メートルを隔てた、丘陵傾斜変更点肩部に築かれた前方後円墳で、全長五二メートル、径三〇メートル、高さ四・五メートルの二段築成の後円部は、低平で撥形の前方部に対して際立って古式な形態をもつ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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