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新漢人 いまきのあやひと

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世界大百科事典 第2版の解説

いまきのあやひと【新漢人】

古代帰化人の中の一部の称。〈いまき〉は新参の意で今来とも書く。古代に中国系と称して渡来した人々は一般に漢人(あやひと)と呼ばれたが,そのほとんどが朝鮮半島に居住していたものだった。その中で5世紀後半のころまでのものはおもに漢・魏を源流とする古い楽浪文化を伝え,大陸の学芸・技術をもって朝廷に仕える各種の専門職の小氏となり,その多くは雄略朝のころに東漢(やまとのあや)氏を伴造(とものみやつこ)とする一つの指揮系統の下に組織化された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の新漢人の言及

【漢氏】より

…後漢霊帝の子孫といい,秦始皇帝の裔という秦氏(はたうじ)とならび称せられる。東漢(倭漢)(やまとのあや)と西漢(河内漢)(かわちのあや)の両系にわかれ,その後に渡来した今来漢人(新漢人)(いまきのあやひと)を加え,巨大な氏族として存続した。東漢は,大和国高市郡を中心に勢力をひろげ,7世紀までに,坂上・書(ふみ)・民・池辺・荒田井など多くの直(あたい)姓氏族にわかれ,天武天皇の八色の姓(やくさのかばね)において忌寸(いみき)姓に改められ,8~9世紀には,坂上氏を中心に政界に地歩を占め,宿禰(すくね)・大宿禰を賜る氏もあらわれた。…

【帰化人】より


[後期の帰化人]
 これに対して5世紀後半に入ったころから,中国の南朝文化の影響を受けた百済人や任那人などが渡来するようになり,また〈倭の五王〉の南朝通好に伴って中国から直接に渡来する人,さらに6世紀中ごろ以後になると高句麗(こうくり)との関係が好転したために,北朝系統の文化を持った高句麗人などもそれに加わるようになった。これらの新しい帰化人たちは新漢人(いまきのあやひと)などとも呼ばれたが,その新しい学芸・技術をもって古い帰化人を圧倒し,蘇我氏の時代から大化改新の前後にかけて,中央集権的な国家制度の発達と貴族的な飛鳥文化の展開のために目覚ましい活躍をした。初期仏教史上に名高い鞍作(くらつくり)氏の司馬達等(しばたつと)とその孫の止利(とり)仏師,遣隋留学生として中国に赴き,帰国して大化改新に参画した高向玄理(たかむくのくろまろ),僧旻(そうみん)などはその代表的な例である。…

【雄略天皇】より

…戦乱の地,百済と高句麗の間に多く才芸あるものが居住し,去就を知らないゆえに東漢氏(やまとのあやうじ)がこれを日本に迎えたというのも,そのあらわれといえる。これを百済才伎といい,新(今来)漢人(いまきのあやひと)というが,日本古代の部(べ)の制度は彼らによって組織されたと考えられ,雄略朝が国家組織上の画期とみられるのもそのためである。【平野 邦雄】
[その伝承像]
 記紀,特に《古事記》の雄略天皇物語は,かずかずの求婚譚の連鎖という体をなす。…

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