新田野貝塚(読み)につたのかいづか

日本歴史地名大系 「新田野貝塚」の解説

新田野貝塚
につたのかいづか

[現在地名]大原町新田野 根畑

新田野川右岸の標高一六メートル前後の河岸段丘上にある縄文時代前期初頭と中期初頭の遺跡。昭和四五年(一九七〇)に発掘された。当地一帯には縄文海進時の自然貝層が各地に残り、標高九メートルの新田野自然貝層は当貝塚よりやや古く、約七千三〇〇年前頃とみられている。当貝塚は約八×二メートル規模の縄文前期初頭花積下層期の貝層と中期初頭五領ヶ台期の貝層が重複していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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