新町曲方村(読み)あらまちまがりかたむら

日本歴史地名大系 「新町曲方村」の解説

新町曲方村
あらまちまがりかたむら

[現在地名]長岡曲新まがりあら町一―三丁目・宮内みやうち一―三丁目・宮栄みやさかえ一―二丁目・摂田屋せつたや四―五丁目・かなめ町一丁目・東宮内ひがしみやうち町・曲新町

三国街道(現国道一七号)沿いの宮内村の東にあり、南は摂田屋村。天正村名考(温古之栞)に「まがり町六十九軒」と伝える。これがのち曲方と新町に分れた。曲方は曲潟で、水かさによって出没する地をさし、新町は新開の町という意味であろうか。口碑では上杉氏の城が上条じようじようにあった頃、城の南西に位置して城下町の一部をなしていたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む