日下部吾田彦(読み)くさかべの あたひこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「日下部吾田彦」の解説

日下部吾田彦 くさかべの-あたひこ

「日本書紀」にみえる人。
日下部使主(おみ)の子。市辺押磐(いちのべのおしはの)皇子が大泊瀬幼武(おおはつせのわかたける)(雄略天皇)に射殺されたとき,父とともに遺児の億計(おけ)王(仁賢(にんけん)天皇)・弘計(おけ)王(顕宗(けんぞう)天皇)を奉じて丹波の余社(よざ)郡(のちの丹後与謝郡)に避難した。殺害をおそれて播磨(はりま)へのがれ,2王子につかえた。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む