日吉郷(読み)ひよしごう

日本歴史地名大系 「日吉郷」の解説

日吉郷
ひよしごう

和名抄」高山寺本・流布本ともに「日吉」と記し、高山寺本・伊勢本は「比与之」、流布本は「日与之」と訓ずる。現今治いまばり市の蒼社そうじや川から北の近見ちかみ(二四三・七メートル)までの平地部に比定され、江戸時代の日吉村、現今治市の南日吉みなみひよし町・中日吉町・北日吉町はその遺称である。大浜おおはま八幡神社の大永四年(一五二四)の再興棟札に「越智郡日吉郷大浜八幡宮」とあるので、北部海岸までこの郷であったことを知る。


日吉郷
ひよしごう

「和名抄」所載の郷。伊予国越智郡の同名郷の訓注「比与之」に従う。比定地は遺存地名から「大日本地名辞書」は日吉村・明世あきよ(現瑞浪市)とし、「濃飛両国通史」も日吉川の流域である日吉・明世付近とし、交通関係より開けたと考えられるとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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