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美濃国 みののくに

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

美濃国
みののくに

現在の岐阜県南部。東山道の一国。上国。『古事記』には三野国,『正倉院文書』には御野国とある。もと牟義都,三野前,三野後,本巣の国造および鴨,方の県主があったという。壬申の乱 (672) に際しては大海人皇子 (のちの天武天皇) の領地があった関係から村国連らは吉野側として活躍したが,彼らは各務 (かかみ) 郡を根拠とする豪族であった。

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デジタル大辞泉の解説

みの‐の‐くに【美濃国】

美濃

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百科事典マイペディアの解説

美濃国【みののくに】

旧国名。濃州とも。東山道の一国。現在の岐阜県南部。東山道の要衝として不破関を置く。《延喜式》に上国,18郡。国府は不破郡垂井(たるい)町付近。中世の守護は大内・北条氏らののち土岐氏が世襲。
→関連項目茜部荘大井荘岐阜[県]中部地方

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藩名・旧国名がわかる事典の解説

みののくに【美濃国】

現在の岐阜県南部を占めた旧国名。律令(りつりょう)制下で東山道に属す。「延喜式」(三代格式)での格は上国(じょうこく)で、京からは近国(きんごく)とされた。国府は現在の不破(ふわ)郡垂井(たるい)町府中(ふちゅう)、国分寺は大垣(おおがき)市青野(あおの)町におかれていた。東山道の要衝で、三関(さんかん)の一つである不破関(ふわのせき)がおかれた。平安時代中期に源経基(みなもとのつねもと)の子孫が土着して美濃源氏となり、中世にはその流れの土岐(とき)氏が勢力をもった。戦国時代に入ると、土岐氏は家臣の斎藤道三(さいとうどうさん)に、斎藤氏は織田信長(おだのぶなが)に滅ぼされ、信長がこの地を支配した。江戸時代には大垣藩などの小藩、幕府直轄領、旗本領などがあった。1871年(明治4)の廃藩置県により岐阜県となった。◇濃州(のうしゅう)ともいう。

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世界大百科事典 第2版の解説

みののくに【美濃国】

旧国名。濃州。現在の岐阜県南部。
【古代】
 東山道に属する大国(《延喜式》)。7世紀には〈三野〉と表記され,その確実な初見は藤原宮跡で出土した683年(癸未年)7月付の,三野大野評(こおり)阿漏里からの貢進物荷札木簡である。702年(大宝2)ころに〈御野〉と改定され,さらに708年(和銅1)前後に〈美濃〉と公定され,定着化した。古墳は古木曾三川(木曾,長良,揖斐(いび)川)が伊勢湾に注ぐ河口近くに,4世紀半ばころの前方後円墳である円満寺山古墳が姿をみせ,ついで三川をそれぞれさかのぼって,はじめて地形的な障壁につきあたった地域に,4世紀後半の前方後円墳が築造された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

美濃国
みののくに

岐阜県の南部を占める旧国名。東山道8か国の一つ。東は信濃(しなの)国、西は近江(おうみ)国、南は三河(みかわ)国・尾張(おわり)国・伊勢(いせ)国、北は越前(えちぜん)国・飛騨(ひだ)国に接する。面積約6461平方キロメートル。『和名抄(わみょうしょう)』には多芸(たぎ)、石津(いしづ)、不破(ふわ)、池田、安八(あはち)、大野、本巣(もとす)、席田(むしろだ)、方県(かたがた)、厚見(あつみ)、各務(かがみ)、山県(やまがた)、武芸(むげ)(武儀(むぎ))、群上、賀茂(かも)(加茂)、可児(かに)、土岐(とき)、恵奈(えな)(恵那)の18郡を載せるが、天正(てんしょう)年間(1573~1592)に海西(かいさい)、中嶋(なかしま)、羽栗(はぐり)の3郡が増え21郡となった。木曽(きそ)川、長良(ながら)川、揖斐(いび)川の3川はそれぞれ美濃を貫流し、南西部低地に集まって伊勢湾に注ぐ。南西部の平野以外はほとんど山地で、東部木曽川以南は広大な丘陵地帯である。国名は三野、御野などとも書かれ、濃州(のうしゅう)とも称した。由来は青野、賀茂野(または大野)、各務(かがみ)野の三つの野から三野という説、真野の名義から転化したとする説、一方が山地でわずかな高低のある土地をいうとする説などあって、さだかでない。「美濃」という用字が公定したのは8世紀初めとされる。
 672年(天武天皇1)壬申(じんしん)の乱に大海人(おおあま)皇子は美濃を拠点として挙兵し、村国男依(むらくにのおより)ら地元豪族が活躍した。国の等級は『延喜式(えんぎしき)』では上国(じょうこく)。国府は不破郡の府中(垂井(たるい)町)に置かれた。東山道は近江から入り信濃へ抜けるが、美濃国内に八駅が整備された。不破の関は三関の一つとして設けられた。庸調(ようちょう)は広絹、紙、土器など特産物としての来歴を示すものが多い。荘園(しょうえん)は東大寺領の茜部(あかなべ)荘や大井荘のほか摂関家の多芸荘や栗田(くるすだ)荘なども成立した。源満仲(みつなか)やその子頼光(よりみつ)が美濃守(かみ)になり、その流れをくむ光衡(みつひら)は土岐氏をとなえたが、子孫は美濃源氏として栄え、禅宗に帰依(きえ)した。1542年(天文11)土岐頼芸は斎藤道三(どうさん)に追われ、11代200余年にわたった守護職を失った。道三は稲葉山(岐阜市)を居城としたが、孫龍興(たつおき)の代に織田信長に落とされ、信長が清洲(きよす)から移った。
 1600年(慶長5)関ヶ原の戦いは天下分け目の戦いであったが、美濃は古来東西勢力の争覇地で、壬申の乱をはじめ、1181年(養和1)平重衡(しげひら)・通盛(みちもり)らが源行家(ゆきいえ)を破った墨俣(すのまた)合戦、1221年(承久3)鎌倉幕府軍の西上を阻もうとして京軍が敗れた木曽河畔合戦、1338年(延元3・暦応1)土岐頼遠(よりとお)(足利(あしかが)方)が桔梗一揆(ききょういっき)を率いて鎮守府将軍北畠顕家(きたばたけあきいえ)の軍に立ち向かった青野ヶ原合戦など、いずれも天下を二分する戦いであった。
 近世に入り徳川氏は美濃を重視し、親藩尾張領のほか大垣、加納(かのう)、郡上(ぐじょう)(八幡(はちまん))、岩村、苗木(なえぎ)、高富、高須の7藩と70余の旗本に分治させ、その間に幕領を配置した。1616年(元和2)「美濃国村高領知改帳」によれば総高58万9396石余、村数1042であった。南西部地域は水害が多く、輪中(わじゅう)が形成されていったが、1755年(宝暦5)幕命によって薩摩(さつま)藩が行った宝暦治水(ほうれきちすい)工事(木曽・長良・揖斐川)は、80余人の犠牲と270万両の出費によって竣工(しゅんこう)した。明治維新には今尾と野村(大垣新田)を藩列に加え、9藩をそれぞれ県とし、旧幕領と旧旗本領とをあわせた笠松(かさまつ)県を含めて10県となったが、1871年(明治4)まとめて岐阜県となった。76年岐阜県は飛騨を編入し、ほぼ現在の県域となった。[村瀬円良]

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世界大百科事典内の美濃国の言及

【尾張国】より

…《掌中歴》には,尾張国の田積1万1940町とあるが,8世紀の中ごろには木曾川の大洪水による多大の被害があったことが記録されている。木曾川の河道問題は,美濃国の利害とも密接に関連していたから,両者の対立も時には深刻であった。9世紀の中ごろには,美濃国の郡司たちが,700人の武装農民をひきいて尾張側の工事現場を襲撃し,尾張側に死傷者が出たという事件も起こっている。…

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