日差城跡(読み)ひざしじようあと

日本歴史地名大系 「日差城跡」の解説

日差城跡
ひざしじようあと

[現在地名]阿南町新野 栩窪

新野にいの盆地中央部の平坦地、いち川と樽沢たるさわとの合流点に立地し、両川の合流点に向かう低い崖を東・北・南三面の要害とし、西方に掻上式の空堀を設けてある。現在はことごとく水田になっているので、築城当時の様子を知ることはできないが、承応(一六五二―五五)検地帳に「殿屋敷」「開土」「仏供田」「赤屋敷」「おくかいと」「にしかいと」など城に関連した地名がみられ、城の存在を裏付ける。城跡の広さは東西約三六〇メートル、南北は約一四〇―三五〇メートル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 くさ 山中 井戸

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む