日本の原爆開発と調査

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日本の原爆開発と調査

第2次大戦中、陸軍は理化学研究所の仁科芳雄にしな・よしお研究室に、海軍は旧京都帝大(現京大)の荒勝文策あらかつ・ぶんさく研究室に原爆の研究開発を依頼。仁科研の「ニ号研究」は熱拡散法によるウラン濃縮、荒勝研の「F研究」は遠心分離法によるウラン濃縮を試みたが、ともに失敗した。1945年8月、米軍が投下した1個の爆弾で広島市が壊滅したとの一報を受け、理研や京大、阪大の各グループが直後に現地入りし、残留放射能の有無を調査。爆心地周辺の土砂金属などから放射線が検出され、原爆と断定した。長崎市への原爆投下では九大グループが調査し、放射線被害を確認した。

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