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日野江城 ひのえじょう

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日本の城がわかる事典の解説

ひのえじょう【日野江城】

長崎県南島原市北有馬町にあった城。市のほぼ中央、有馬川河口付近の小高い丘に位置し、南には有馬川が流れ、東には大手川が流れている。縄張りは北西に三の丸、東に二の丸を配し中央の丘頂部に本丸が置かれた連郭式平山城(ひらやまじろ)で、鎌倉時代前期の建保年間(1213~19年)に高来郡を領する藤原経澄(ねずみ)が築城した。経澄は藤原純友(すみとも)の子孫(もしくは平氏)で築城時に姓を有間と称し、後に有馬と改称。有馬氏は約400年間にわたって居城としたが、1614年(慶長19)に日向国延岡城に移封となった。その後入城した松倉重政は、新たに島原城を建設したため日野江城を廃城とし歴史の幕を閉じた。島原鉄道北有馬駅から徒歩約20分。またはタクシーで10分。◇日之江城、日ノ江城、火ノ江城、日ノ枝城とも記される。

出典|講談社
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世界大百科事典内の日野江城の言及

【北有馬[町]】より

…島原半島南部,雲仙岳の南麓にあり,南境沿いを有馬川が東流する。戦国時代は有馬氏の拠った日野江城の城下町として栄えたところで,1580年(天正8)にはキリシタン大名有馬晴信の保護のもとで有馬セミナリヨが設けられ,天正遣欧使節の4人の少年もここで学んでいる。1614年(慶長19)有馬氏は日向延岡に転封し,その後松倉氏が城主になったが,元和年間(1615‐24)に島原に移り,城は取り壊されてさびれた。…

※「日野江城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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