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松倉重政 まつくらしげまさ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

松倉重政
まつくらしげまさ

[生]天正2(1574).大和
[没]寛永7(1630).11.16. 島原
安土桃山~江戸時代初期の武将。肥前島原藩主。重信の子。母は秦楽寺因幡某の娘。通称は九一郎。初め大和の筒井氏に仕え,伊賀に 8000石を領した。豊臣秀吉の死後は徳川家康に属し,慶長5 (1600) 年の関ヶ原の戦い後,大和五条に1万石を与えられ,大坂の陣後,4万石に加増されて島原に移封。キリスト教を憎悪し,寛永7 (30) 年江戸幕府に願い出てみずからルソン征伐を企画した。領内のキリシタン弾圧は島原の乱の原因となったといわれる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松倉重政 まつくら-しげまさ

?-1630 織豊-江戸時代前期の大名。
松倉重信(しげのぶ)の子。関ケ原の戦い後大和(奈良県)五条に1万石。大坂冬・夏の陣の功で元和(げんな)2年肥前日野江(長崎県)4万3000石にうつる。4年島原に城をきずき,肥前島原藩主松倉家初代。キリシタンの弾圧,過酷な徴税が,のちの島原の乱の遠因となった。寛永7年11月16日死去。通称は九十郎。名は重正とも。

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朝日日本歴史人物事典の解説

松倉重政

没年:寛永7.11.16(1630.12.19)
生年:生年不詳
江戸初期の大名,肥前国島原藩(長崎県)藩主。通称九十郎。豊後守。筒井定次の家老であったが,慶長13(1608)年定次の改易後に大和国五条1万石の大名に取り立てられる。元和2(1616)年肥前国高来郡4万石(旧有馬晴信領)に移封され,キリシタン弾圧や江戸城普請の際に10万石役を願い出るなど,幕府の歓心を得ることに努めた。7年にわたる島原城の築城などによる負担は過重年貢となって領民に賦課され,没後に島原の乱を起こす要因となる。幕府に恭順なあまり苛政をしいた重政の姿は,新興取立大名の無理な背伸びにみえる。<参考文献>林銑吉『島原半島史』

(福田千鶴)

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世界大百科事典 第2版の解説

まつくらしげまさ【松倉重政】

?‐1631(寛永8)
戦国・江戸初期の武将。通称九十郎,豊後守。はじめ筒井定次,のち豊臣秀吉,さらに徳川家康に仕え,関ヶ原の戦の功により大和国五条で1万石。大坂の陣の功により1616年(元和2)肥前日野江4万石に移封。旧主有馬氏の日野江,原の両城を廃して島原城を新築した。総検地,1630年(寛永7)ルソン攻略の偵察船派遣,厳しいキリシタン検索などが,子勝家襲封直後の島原の乱のおもな一因をなした。【中村 質】

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大辞林 第三版の解説

まつくらしげまさ【松倉重政】

?~1631) 江戸初期の大名。大坂の陣後、肥前島原四万石領主。農民に重税を課し、キリシタンを弾圧、島原の乱を誘発。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

松倉重政
まつくらしげまさ
(?―1630)

安土(あづち)桃山時代・江戸初期の武将。通称九一郎、豊後守(ぶんごのかみ)。初め筒井定次(つついさだつぐ)の家臣として伊賀(三重県)梁瀬(やなせ)に8300石を領し、のち豊臣(とよとみ)秀吉、ついで徳川家康に仕え、関ヶ原の功により大和(やまと)(奈良県)五條(ごじょう)1万石、大坂の陣の功により1616年(元和2)肥前(長崎県)有馬4万石に加増転封された「武辺功者(ぶへんこうしゃ)」であった。中世以来の有馬氏の日野江(ひのえ)、原の両城を廃して、石高(こくだか)不相応といわれる島原城と城下町を新設して移り、近世的支配を固めた。帰農した有馬氏の遺臣を含む領民に対しては厳しい支配で臨んだ。ことに徹底したキリシタン詮索(せんさく)は有名で、島原の乱の原因をつくったといわれる。30年(寛永7)、宣教師の日本潜入の基地であるルソン攻略を幕府に願い出、長崎奉行(ぶぎょう)竹中重義と共同で偵察船を派遣した。しかしその数日後、寛永(かんえい)7年11月16日急死、竹中の毒害ともいわれる。[中村 質]

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世界大百科事典内の松倉重政の言及

【島原藩】より

…肥前国(長崎県)南高来郡島原に藩庁を置いた譜代中藩。戦国時代この地方を領有した有馬氏は,1614年(慶長19)直純のとき日向延岡に転封となり,代わって16年(元和2)大和五条より松倉重政が入封した。石高は4万石。…

※「松倉重政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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