早川城跡(読み)そうがわじようあと

日本歴史地名大系 「早川城跡」の解説

早川城跡
そうがわじようあと

[現在地名]甲佐町早川 下小塚

下早川の権現ごんげん(五〇メートル)の麓にある中世城館跡で城山しろやまとよばれる。建長五年(一二五三)阿蘇氏家臣渡辺近江守秀村が築城し、姓を早川と改めたという(国誌)。「肥後古記集覧」には「平地ヨリ上段迄高五十余間、南北十余間、東西八十余間、上段ヨリ段々三段アリ、城ヨリ東ハ高キ峯続キナリシヲ堀切此間五十余間、大手城戸ハ北ニ当リテ今旧跡アリ、南東ノ隅ニ当テ四町余城下迄築地ノ塀ナリ、城下ヨリ西地前川端ヨリ下リ二町余塀ナリ」と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android