明新館支館跡(読み)めいしんかんしかんあと

日本歴史地名大系 「明新館支館跡」の解説

明新館支館跡
めいしんかんしかんあと

[現在地名]三島町七日市

林割はやしわりに鎮座する諏訪神社参道の中ほどにある。出羽国上山藩七日市なのかいち陣屋に付属して創設された藩校明新館の支館跡。創設は上山藩主八代松平信宝が、慶応元年(一八六五)藩士金子清邦(得所と号する)に越後支領の七日市陣屋に「文武館を興す」よう命じたことに起因する(得所遺稿)。同年金子は天野伝兵衛・三輪彦兵衛とともに陣屋の郡奉行・勘定方らと文武館の建設について協議し図面などを作成。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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