星野文平(読み)ほしの ぶんぺい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「星野文平」の解説

星野文平 ほしの-ぶんぺい

1835-1863 幕末儒者
天保(てんぽう)6年4月生まれ。安芸(あき)広島藩士。江木鰐水(がくすい),ついで江戸塩谷宕陰(しおのや-とういん)にまなび,昌平黌(しょうへいこう)にはいる。文久元年帰藩し,藩校学問所でおしえる。3年執政辻維岳(いがく)の京都行きにくわえられなかったのをいかり切腹したが失敗。ゆるされて京都で活動中,傷がもとで文久3年2月10日没した。29歳。名は文。字(あざな)は公質。号は蓍山(きざん)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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