時瀬村(読み)ときぜむら

日本歴史地名大系 「時瀬村」の解説

時瀬村
ときぜむら

[現在地名]旭町時瀬

矢作川の左岸。右岸へ明智(あけち)川・阿妻(あづま)川が流入して、矢作川が大きく二つに湾曲するところに位置。東は閑羅瀬(しずらせ)村、南は万町(まんぢよう)村、西は小渡(おど)村、北は矢作川を隔てて美濃国恵那(えな)郡野原(のはら)村下切(しもぎり)・同浅谷(あざかい)村と現岐阜県恵那郡串原(くしはら)村に接する。集落は河岸段丘上に点在し、上と下に分れる。現県道大野瀬―小渡線が通る。縄文時代中期の仲切(なかぎり)遺跡、同後期・晩期の仲平(なかだいら)遺跡が河岸段丘上にある。時瀬城跡が山上にあり、城山(じようやま)とよぶ。城主名・由緒は不詳。

寛永一二年(一六三五)当時、成瀬伊豆守領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む