智源寺
ちげんじ
[現在地名]宮津市字京街道
大久保山南の、懐状の谷間に東面して建つ。松渓山と号し、曹洞宗、本尊は釈迦三尊。
寛永二年(一六二五)宮津藩主京極高広が慶長一七年(一六一二)に没した母惣持院殿松渓智源禅尼の菩提を弔うために、心庵を招じて朱光庵を改めて智源寺としたと伝える。朱光庵は慶長五年細川藤孝の田辺(現舞鶴市)籠城の時細川氏と行動をともにしなかったため、関ヶ原合戦後寺領は没収され、寺もろとも田辺桂林寺(曹洞宗)の支配とされていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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