曲尾
まがりお
[現在地名]真田町大字傍陽
小県郡の北部、神川の支流洗馬川に軽井沢川(現傍陽川)が合流する辺り一帯の集落。
横尾とともに松代及び保科(いずれも現長野市)方面へ出る古道の要地であった。
「大塔物語」応永七年(一四〇〇)一〇月に信濃守護小笠原長秀の軍に対抗して戦った曲尾氏がみえる。
天正六年(一五七八)下諏訪春秋両宮御造宮帳(諏訪大社上社文書)に「一、春宮瑞籬十間造宮、海野内芳比郷、横尾・曲尾・洗馬三郷役銭都合拾二貫七百文」とみえ、戦国時代末期は海野氏の領内となって、諏訪社下社の造宮料を負担している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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