曲手村(読み)まがてむら

日本歴史地名大系 「曲手村」の解説

曲手村
まがてむら

[現在地名]菊陽町曲手

唐川からかわ村の東にあり、白川中流左岸に位置する。集落白水はくすい台地の緩い傾斜地にかけて立地する。慶長国絵図に村名がみえ、正保郷帳によると、高三八二石六斗余はすべて畠方である。上益城かみましき郡沼山津手永に属し、「国志草稿」に高五一八石余とある。「肥陽諸士鑑」(「肥後細川家侍帳」所収)によると、三三八石五斗余は旅家老三宅藤右衛門時暉の知行。文化八年(一八一一)の沼山津手永略手鑑によれば、竈数六三・男女数二七八、牛馬八六、畑五〇町六反余・高五一八石五斗余、ほかに新地・諸開の田畑三二町七反余、馬場楠ばばぐす井手による畑成田と思われる出高・上畝物などの田五町三反余、商札・鍛冶職札各一枚が許されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む