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曲淵景漸 まがりぶち かげつぐ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

曲淵景漸 まがりぶち-かげつぐ

1725-1800 江戸時代中期-後期の武士。
享保(きょうほう)10年生まれ。曲淵景衡(かげひら)の次男。兄景福(かげとみ)の養子。寛保(かんぽう)3年家をつぎ,明和6年大坂町奉行から江戸町奉行となる。天明8年勘定奉行にすすむ。寛政12年4月30日死去。76歳。通称は勝次郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

曲淵景漸

没年:寛政12.4.30(1800.5.23)
生年:享保10(1725)
江戸後期の江戸町奉行。明和1(1764)年2月目付のとき,大坂での朝鮮通信使従者殺害事件の処理に当たる。同4年12月大坂町奉行のときは,大坂家質奥印差配所設置にかかわる。天明7(1787)年5月江戸町奉行のとき,江戸は米価高騰で市中が不穏な状況に陥ったが,曲淵は適切な対応を取らず,数日にわたり打ちこわしが各所で起きる。以前の飢饉では猫1匹が3匁したが,今回はそれほどでもないといったという風聞も立った。よって翌6月町奉行を罷免されたが,翌8年11月に公事方勘定奉行となる。天明の打ちこわしを惹起した対応を除けば,真に能吏であった。<参考文献>上田秋成「肝大小心録」(『新燕石十種』8巻),山田忠雄「江戸打毀しの時代相」(『一揆打毀しの運動構造』)

(安藤優一郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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