曾我谷村(読み)そがだにむら

日本歴史地名大系 「曾我谷村」の解説

曾我谷村
そがだにむら

[現在地名]園部町曾我谷

今林いまばやし村・垣内かいち村・下木崎しもきざき村・小山おやま村の東にあり、東は高屋たかや村、北は千妻せんづま村、南は室河原むろがわら(現八木町)大村であるがほとんどが山地で、北から南へ深い谷が切れ込みをみせており、谷の中央部に集落が点在する。谷奥に溜池がある。

元禄一三年(一七〇〇)丹波国郷帳では村高は三〇七石余であるが、天保郷帳では四〇五石余と三割以上の増。谷部分の開発の結果とも考えられる。園部藩領。幕末の家数四九、人口一八三、牛一五匹(「口丹波風土記」所引園部藩記録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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