替地出来町(読み)かえちできまち

日本歴史地名大系 「替地出来町」の解説

替地出来町
かえちできまち

[現在地名]西区那古野(なごの)一丁目

「府城志」に「替地出来町、此疆域北は上畑町通りを界とし、南は中橋筋より南の方元円頓寺筋を界とし、東は新道筋を界とす。即是信行院町通り也。西は江川通りを界とす。されば此地は元禄六酉年比 瑞竜公退隠し玉ひし後、大曾根村の内元出来町の地郭内となりし故に、其換地として今の所に地子を賜はり町屋を造立す。因てこゝを替地出来町と称せり」とある。「金鱗九十九之塵」には「替地出来町新長屋 上畠裏にあり。此地は東寺町貞祖院の地なり。是は先年当寺内に百坪の□□(ママ)御用にて道出来明候由。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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