…江戸後期の薩摩藩士。諱(いみな)は兼清。海江田(かえだ)信義の弟。水戸藩士高橋多一郎らと安政の大獄に反発して尊王攘夷の義兵を挙げようと謀り,その手初めに1860年3月3日大老井伊直弼を桜田門外に要撃してその首をあげたが,重傷のため自刃。兄雄助は襲撃の成功を見届けて高橋とともに京都に走り兵を挙げようとしたが,捕らわれて国元で自刃を命ぜられた。【原口 虎雄】…
※「有村雄助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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