木佐上村(読み)きさがみむら

日本歴史地名大系 「木佐上村」の解説

木佐上村
きさがみむら

[現在地名]佐賀関町木佐上

神崎こうざき村の南、北流する小猫こねこ川上・中流域谷間に位置する村で、流域に沿って水田が開ける。主要道は村のほぼ中央を川沿いに走り、下流の神崎村に通じていたようである。字宝蔵寺ほうぞうじ坊主山ぼうずやま古墳二基(いずれも円墳)がある。

天正八年(一五八〇)と推定される五月二六日の大友義統知行預ケ状(文化庁蔵若林文書)に「多聞院領赤井」がみえ、当地の字赤井あかいに比定される。このとき若林鎮興が赤井の五貫文分等を知行することを認められているが、これは鎮興が大友義統の父宗麟に訴訟したことによるものであった(五月二七日「大友義統書状」・六月三日「大友円斎書状」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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