北海部郡(読み)きたあまべぐん

日本歴史地名大系 「北海部郡」の解説

北海部郡
きたあまべぐん

面積:四九・三五平方キロ
佐賀関さがのせき

明治一一年(一八七八)公布の郡区町村編制法により、海部郡が南・北に分けられて成立。成立時は北は別府湾、東は豊後水道に臨み、西は大分郡南西大野郡、南は南海部郡にそれぞれ接していた。現在は佐賀関町一町で、西は大分市、南は臼杵うすき市。豊後水道に臨む佐賀関半島から南の海岸線は、屈曲の多いリアス海岸をなしており、景勝地が連なる。成立当初の当郡は「地方沿革略譜」によると一町(臼杵町)八四村、戸数一万五千四四〇・人口八万二千四八〇で、郡役所は臼杵町に設置された。明治二二年の町村制施行により北海部郡の町村は佐賀関町・臼杵町の二町と二五村となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報