木原楯臣(読み)きはら たておみ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木原楯臣」の解説

木原楯臣 きはら-たておみ

1805-1868 江戸時代後期の有職(ゆうそく)家,国学者。
文化2年生まれ。肥後熊本藩士。長瀬真幸(まさき),林桜園に国学,和歌をまなび,武芸武家故実にも通じる。遺跡にも関心をよせ,肥後阿蘇郡(あそぐん)平井古墳の発掘調査記録をのこした。慶応4年7月8日死去。64歳。初名は真足。通称は楯太。号は藤園。著作に「古兵器図解」「楯臣直垂(ひたたれ)考」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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