ネルソン(その他表記)Horatio Nelson

デジタル大辞泉 「ネルソン」の意味・読み・例文・類語

ネルソン(Horatio Nelson)

[1758~1805]英国の海軍軍人ナポレオン戦争中の1798年、ナイル河口アブキール湾にフランス艦隊を撃破。1805年、トラファルガー沖の海戦でフランス・スペイン連合艦隊を破ったが、その際に戦死。

ネルソン(Nelson)

ニュージーランド南島北部の港湾都市タスマン湾奥に位置する。晴天率が高く、温暖な気候のため「太陽の町」とよばれる。周辺は果樹や野菜の栽培が盛ん。1850年創設のクライストチャーチ大聖堂、植民地時代の街並みを再現した歴史公園などがある。

ネルソン(nelson)

レスリングで、相手の背後または側面からわきの下に手を入れて、首を攻める技。フルネルソンハーフネルソンがある。首攻め。

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精選版 日本国語大辞典 「ネルソン」の意味・読み・例文・類語

ネルソン

  1. ( Viscount Horatio Nelson バイカウント=ホレーショ━ ) イギリスの提督。フランス革命戦争ナポレオン戦争に従軍。一七九八年ナポレオンのエジプト遠征艦隊をナイル河口のアブキールで破り、一八〇五年地中海艦隊司令長官としてフランス・スペイン連合艦隊をトラファルガーの海戦で撃破、彼自身は戦死したが、イギリスの制海権を打ち立てた。(一七五八‐一八〇五

ネルソン

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] nelson ) レスリングで、首固めする技の総称。相手の背後からわきの下に手を入れて、後頭部に手をかける首攻めをいう。

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改訂新版 世界大百科事典 「ネルソン」の意味・わかりやすい解説

ネルソン
Horatio Nelson
生没年:1758-1805

イギリスの提督。ノーフォーク州生れ。12歳で海軍に入り,21歳で大佐・艦長に昇進。アメリカ独立戦争に際しては西インド諸島海域で奮戦した。1787年,フランシス・ニズベットと結婚し,5年間ほど予備役に編入されたが,93年,革命フランスとの間に戦端が開かれるや第一線に復帰し,以後ナポレオン戦争で赫々(かくかく)たる戦歴を記録した。彼の勇名をはせた海戦としては,スペイン艦隊を撃滅したセント・ビンセント岬沖の海戦(1797),フランス艦隊を撃破したナイル河口アブキール湾の海戦(1798),そして1805年のトラファルガーの海戦がよく知られている。この海戦で彼は,フランス,スペインの連合艦隊を撃滅してナポレオンのイギリス本土侵攻の野望を打ち砕いたが,みずからも被弾し,〈神に謝す,われはわが義務を果たせり〉の語を残して戦死したという。駐ナポリ大使夫人エマ・ハミルトンEmma Hamilton(1761ころ-1815)との恋愛事件で浮名を流したことでも知られている。06年,国葬によりセント・ポール大聖堂に葬られた。ネルソンの円柱が立つロンドントラファルガー広場は,この国民的英雄と海戦勝利を記念して設けられた。
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ネルソン
Nelson

ニュージーランド南島の北岸,タスマン湾に面した都市。人口5万6367(2006)。リンゴ,タバコ,ホップなどで知られる同島北部の農牧地帯の中心都市で,港湾・漁港がある。農産加工のほか,森林資源を背景とした製材や自動車組立てなどの工業が立地し,港から農産物,木材を輸出する。農業研究所がある。1842年イギリス人が入植,マオリ族との争いを経て,60年代にゴールドラッシュにより発展した。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ネルソン」の意味・わかりやすい解説

ネルソン(Horatio Nelson)
ねるそん
Horatio Nelson, 1st Viscount Nelson
(1758―1805)

イギリスの海軍軍人。ノーフォーク州出身。12歳で海軍に入り、20歳で艦長を務めた。18世紀末よりフランス革命戦争とナポレオン戦争に従軍。1793年ナポリに派遣され、同地駐在イギリス大使夫人エマ・ハミルトンと知り合い、終生の情人となった。翌年コルシカ島のカルビ港攻略時に右眼を失い、1797年にはセント・ビンセント沖の海戦で、以後「ネルソン流」とよばれることになる戦法によりスペイン艦隊を完敗させたものの、カナリア群島攻撃で右腕を失い、隻眼(せきがん)隻手になった。翌1798年ナイル河口のアブキール湾でフランス艦隊を撃破して男爵に叙され、1799年地中海艦隊司令長官に任ぜられたが、翌年軍務を捨ててハミルトン夫人一行をウィーンに護送し、解任された。しかし、1801年呼び戻され、コペンハーゲンにデンマーク艦隊を襲撃して子爵を授けられた。1803年ふたたび地中海艦隊長官になり、1805年トラファルガーの海戦でフランス・スペイン連合艦隊を撃滅、ナポレオン1世のイギリス上陸の企図を粉砕したが、自らは「余は余の義務を果たせり」の語を最後に旗艦ビクトリー号上で戦死。ロンドンのセント・ポール大聖堂に葬られた。

[松村 赳]

『豊田穣著『炎の提督』(集英社文庫)』


ネルソン(George Nelson)
ねるそん
George Nelson
(1908―1986)

アメリカの工業デザイナーエール大学とローマのカトリック大学大学院で建築を学び、1932年にローマ賞を得てさらに2年間ヨーロッパで研究、36年に建築事務所を開く。『タイム』誌などの編集企画に加わったこともある。46年、家具のハーマン・ミラー社のデザイン計画に携わり、工業デザイナーとしての位置を確立させ、47年ニューヨークに建築・工業デザイン事務所を開いた。デザインや建築に関しての論考も幅広く、これらは『デザインの諸問題』にまとめられている。

[高見堅志郎]

『長狂平訳『デザインの諸問題』(1965・紀伊國屋書店)』


ネルソン(ニュージーランド)
ねるそん
Nelson

ニュージーランド南島北部、タスマン湾奥の港湾都市。人口4万1568(2001)。北側を除いて三方が丘陵で囲まれ、温暖な気候のため、「太陽の町」の異名をもつ。付近は果樹栽培と林業が盛んで、缶詰工場、木工場などがある。南島北部の海空交通の要衝。

[浅黄谷剛寛]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ネルソン」の意味・わかりやすい解説

ネルソン
Nelson, Horatio, Viscount Nelson

[生]1758.9.29. ノーフォーク,バーナムソープ
[没]1805.10.21. トラファルガル岬沖
イギリスの海軍軍人。 1770年海軍に入り,79年海軍大佐に進級,84年西インド諸島方面警備のフリゲートの指揮官となった。フランス革命政府に対するイギリスの開戦とともに,『アガメムノン』号の艦長となり,7年有余にわたり対フランス戦争に参加。ツーロン,コルシカの占領,サンビセンテ岬沖での大勝など,地中海の諸作戦において戦果をあげた。 98年8月1日のナイルの戦いの勝利で国家的英雄となり,男爵に叙せられた。 1803年イギリス,フランス間の戦争再開後,地中海艦隊司令長官となり,フランス艦隊をツーロン港に2年間封鎖した。 05年トラファルガルの戦いでフランスとスペインの連合艦隊を全滅させたが,そのとき旗艦『ビクトリー』号の後甲板を歩行中,敵艦『ルドゥタブル』号の狙撃兵に射撃され戦死した。しかし,この戦いの勝利はネルソンの名声を不朽のものとし,これによりイギリスは,強大な海軍力をもつ世界唯一の国として制海権を確保した。

ネルソン
Nelson, Leonard

[生]1882.7.11. ベルリン
[没]1927.10.29. ゲッティンゲン
ドイツの批判哲学者,新フリース学派創始者。批判的方法によって哲学の科学的基礎を確立し,哲学的倫理学と権利の哲学,およびそれらの教育,政治への適応を体系的に展開するのが彼の主要な課題で,そのためにフリースの批判哲学によった。雑誌『続フリース派論集』 (1904~18) を編集。主著『倫理学原理講義』 Vorlesungen über die Grundlagen der Ethik (17~32) ,『デモクラシーとリーダーシップ』 Demokratie und Führerschaft (20) ,『哲学の進歩と後退,ヒュームとカントからヘーゲルとフリースまで』 Fortschritte und Rückschritte der Philosophie; von Hume und Kant bis Hegel und Fries (62) 。

ネルソン
Nelson, Samuel

[生]1792.11.10. ニューヨーク,ヘブロン
[没]1873.12.13. ニューヨーク,クーパーズタウン
アメリカの法律家。ニューヨーク州巡回裁判所判事 (1823~31) ,同州最高裁判所准判事 (31~37) ,同長官 (37~45) を経て,連邦最高裁判所准判事 (45~72) 。判決に政治を持込むことを避け,ドレッド・スコット判決の場合にも 1820年のミズーリ妥協の有効性に関する論議に反対した。南北戦争中は連邦支持の保守派民主党員。 71年合同調査委員としてアラバマ号事件の解決にあたった。

ネルソン
Nelson

ニュージーランドサウス島北部,タスマン湾に臨む都市。ネルソン・マールボロ地方の行政,商業の中心地。1842年ニュージーランド会社によって建設された。市名はイギリス海軍軍人ホレーショ・ネルソンにちなむ。気候は温暖で,保養地であるとともに,周辺では集約的な果樹,野菜の栽培が行なわれ,産業はこれらの農産物の加工が中心。漁業も盛ん。人口 4万6600(2012推計)。

ネルソン
Nelson

カナダ,ブリティシュコロンビア州南東部の都市。バンクーバーの東約 440kmに位置する。付近一帯は,1867年に金鉱が発見されてから発展した。 1907年には,州内で最初に市営水力発電を行なった。農林業や鉱業が卓越する地方の行政やサービスの中心地で,ノートルダム大学 (1950) や職業学校もある。鉄道修理工場,製材所,運輸・通信施設なども立地する。人口 8760 (1991) 。

ネルソン
Nelson, Thomas, Jr.

[生]1738.12.26. バージニア,ヨークタウン
[没]1789.1.4. バージニア,ハノーバー
アメリカの商人,政治家。アメリカ独立宣言署名者の一人。 1775~77年大陸会議代表。 81年 T.ジェファーソンの跡を継いでバージニア州知事となり,アメリカ独立戦争の遂行に私財をなげうって尽力した。

ネルソン
Nelson, George

[生]1908.5.29. コネティカット,ハートフォード
[没]1986.3.5. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカの工業デザイナー。エール大学で建築を学び,のちに室内デザイン,家具デザインに転じた。建築と工業デザインの総合化を目指した。 1947年以後,家具会社ハーマン・ミラーの委嘱により,単純な構造による一連の家具を制作。

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百科事典マイペディア 「ネルソン」の意味・わかりやすい解説

ネルソン

英国の海軍軍人。アメリカ独立戦争に従軍。フランス革命戦争勃発(ぼっぱつ)後は各地を転戦し,右眼・右腕を失った。1798年にはアブキール湾の海戦でフランス艦隊を破った。1801年帰国し,離婚してハミルトン夫人と生活。1803年地中海艦隊司令官となりトゥーロン港を封鎖してナポレオンの英国本土上陸を妨害。1805年トラファルガーの海戦で勝利を得たが艦上で戦死。
→関連項目アブキール湾の戦エジプト遠征ポーツマス(イギリス)

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ネルソン」の解説

ネルソン
Horatio Nelson

1758~1805

イギリスの海軍軍人。フランス革命戦争中,1794年コルシカ島攻略に際して片眼を失い,またカナリア諸島の戦いで右腕を失った。97年セントヴィンセント岬沖海戦に功を立て,翌年アブキール湾の戦いにフランス艦隊を破り,1801年子爵,03年地中海艦隊司令長官となる。05年トラファルガーの海戦に勝ったが,艦上で戦死。

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旺文社世界史事典 三訂版 「ネルソン」の解説

ネルソン
Horatio Nelson

1758〜1805
イギリスの海軍提督
1798年ナポレオン1世のエジプト遠征艦隊をアブキール湾の戦いに破り,また1805年トラファルガーの海戦でフランス・スペイン連合艦隊に大打撃を与えたが,自らも戦死した。現在もロンドンのトラファルガー広場の円柱の上にその像がある。

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デジタル大辞泉プラス 「ネルソン」の解説

ネルソン

《Nelson》イギリス海軍の戦艦。ネルソン級のネームシップ。1925年進水、1927年就役の超弩級戦艦。第二次世界大戦中は、本国艦隊旗艦、地中海艦隊旗艦などをつとめ、ノルマンディー上陸作戦支援にも参加。1946年より練習艦となり、1948年に除籍、解体。

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世界大百科事典(旧版)内のネルソンの言及

【レスリング】より

…レスリングは世界最古のスポーツといわれ,人類の起源とともにあった競技である。人類がその生存,生き残りをかけて,生活の重要な手段として発展してきた格闘競技である。対人競技に属し,日本の相撲,柔道や,サンボモンゴル相撲,インド相撲,中国相撲の摔跤(シュアイジャオ)なども含まれるが,スポーツの種目としてはオリンピックで実施されているレスリング競技を指し,フリースタイルレスリングfree style wrestling,グレコローマンレスリングGreco‐Roman style wrestlingの二つの種目がある。…

【トラファルガーの海戦】より

ナポレオン戦争の一転機となった歴史的な海戦。1805年10月21日,スペインの南西岸トラファルガルTrafalgar岬(英名トラファルガー岬)の沖合で,ネルソン提督率いるイギリス艦隊とビルヌーブ提督指揮するフランス・スペイン連合艦隊との間に戦われ,イギリス軍の大勝に終わった。この海戦の勝利により,イギリスはヨーロッパの制海権を確立し,ナポレオンのイギリス本土侵攻の野望を打ち砕いた。…

※「ネルソン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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