木挽町北之丁(読み)こびきちようきたのちよう

日本歴史地名大系 「木挽町北之丁」の解説

木挽町北之丁
こびきちようきたのちよう

[現在地名]南区心斎橋筋(しんさいばしすじ)一丁目

錺屋(かざりや)町の南にあり、南は清水町(しみずまち)筋までの一町。町名は明暦元年(一六五五)には南木挽(みなみこびき)町北之丁といい、元禄七年(一六九四)に木挽町北之丁となった(南区志)。大坂三郷南組に属し、元禄一三年三郷水帳寄帳では屋敷数二〇・役数二〇役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。年寄は播磨屋長左衛門。勧化三〇町組の一町で、嘉永二年(一八四九)の坪数高年番定帳(大阪市立中央図書館蔵)によれば坪高一千四一〇坪、年寄分を引いた一千三六九坪半が負担坪数。勧化年番は南塗師屋(みなみぬしや)町とともに酉年(文久元年)。天明元年(一七八一)に宗旨組合が改組されてできた通達組合のうち、島之内(しまのうち)中心部の一三町の組に属した(木挽町文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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