木村容斎(読み)きむら ようさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木村容斎」の解説

木村容斎 きむら-ようさい

1834-1888 幕末-明治時代の儒者
天保(てんぽう)5年4月生まれ。越後(えちご)(新潟県)高田藩儒官木村愚山の子。江戸井部香山,古賀侗庵(どうあん),安積艮斎(あさか-ごんさい)にまなぶ。明治2年藩校修道館教授,のち高田中学でおしえた。明治21年2月16日死去。55歳。名は温。字(あざな)は士良。通称一太郎,市太郎。著作に「観旭軒文藁」「病余百絶」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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