木滝村(読み)きたきむら

日本歴史地名大系 「木滝村」の解説

木滝村
きたきむら

[現在地名]鹿島町木滝

鹿島台地南端に位置し、東は粟生あおう村、西は佐田さた村。応永二三年(一四一六)一一月一五日の前大宮司中臣則密譲状(鹿島神宮文書)に「買得分、乙楽名・小辻堂・榎村・国主如証文、城滝村・二重佐古其外在々所々有文書」とあり、当村の一部の権利を鹿島神宮大宮司家中臣氏が有していた。また木滝氏と称し、代々鹿島神宮の惣追捕使を勤めた大中臣氏一族も当地におり、康暦二年(一三八〇)五月七日の木滝家親寄進状(根本寺文書)によれば、家親は鹿島郡南条下宿内の田地一丁三反および畠を根本こんぽん寺へ寄進している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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