木田余村(読み)きだまりむら

日本歴史地名大系 「木田余村」の解説

木田余村
きだまりむら

[現在地名]土浦市木田余

手野ての村の西に位置し、南は霞ヶ浦に臨む。永禄七年(一五六四)正月頃の小田氏治味方地利覚書(上杉家文書)に「小田みかたのちり、一、きなまり 志たのいせ」とあり、「きなまり」(木滑)とよばれ、木田余城があった。江戸初期に土浦藩領となり、延宝八年(一六八〇)二月、土屋政直によって検地が行われた(「常陸国新治郡木田余村水帳」今泉重一氏蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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