末広照啓(読み)スエヒロ ショウケイ

20世紀日本人名事典 「末広照啓」の解説

末広 照啓
スエヒロ ショウケイ

明治・大正期の僧侶 金嶺寺(天台宗)住職;天台宗大学学長。



生年
明治7年12月(1874年)

没年
大正14(1925)年12月14日

出生地
東京・本所

旧姓(旧名)
吉川

経歴
画家・吉川久三の三男に生まれる。11歳で出家し天台宗の僧となり、東京下谷の金嶺寺住職・荒井照源に師事、のち同寺の住職となる。天台宗大学学長、中学部管長を務める。駒込中学(現・駒込高)の創立に尽力した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 旧姓

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「末広照啓」の解説

末広照啓 すえひろ-しょうけい

1874-1925 明治-大正時代の僧。
明治7年12月生まれ。天台宗。東京下谷金嶺寺の住職。天台宗大学長,中学部管長をつとめる。駒込(こまごめ)中学(現駒込高)の創立に尽力した。大正14年12月14日死去。52歳。東京出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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