日本歴史地名大系 「本一之丁」の解説 本一之丁ほんいちのちよう 福島県:会津若松市若松城下本一之丁[現在地名]会津若松市宝町(たからまち)・城東町(じようとうまち)・追手町(おうてまち)・山鹿町(やまがまち)・湯川町(ゆがわまち)・花春町(はなはるまち)・城前(しろまえ)・本町(ほんまち)鶴(つる)ヶ城の北側を東西に走る郭内第一街、東は天寧寺町(てんねいじまち)口郭門南より、西は融通寺町(ゆつうじまち)口郭門に至る一六町二〇間余、幅は東方は一二間あったが、西方はやや狭くなって、大町(おおまち)通の西からは八間余であった。家数は寛政期(一七八九―一八〇一)には南側二七、北側二九(会津鑑)、化政期には五四(新編会津風土記)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by